公開 2026年8月17日/更新 2026年8月18日
Wow! シグナル
宇宙から届いた72秒間の強い信号。観測者は思わず書いた——「Wow!」
1977年8月15日の深夜。 オハイオ州立大学の電波望遠鏡「ビッグイヤー」は、いつも通り黙々と宇宙の電波を記録していた。当時の観測は、コンピュータが受信強度を数字と英字に変換し、連続用紙に印字していく方式である。人間はあとから紙をめくって確認する。 数日後、印字を確認していた天文学者ジェリー・イーマンの目が、一列の並びに釘付けになった。 6EQUJ5 数字は1から9まで、それ以上はAから順に英字が使われた。Uは、通常の観測ではまず現れない強さである。 用紙には毎日、雑音の並ぶ数字がだらだらと印字されている。その中に一本だけ、はっきりした山があった。 数字と英字が混ざったこの並びは、信号の強度が急激に上がり、ピークに達し、また下がっていったことを意味していた。周囲の雑音の何十倍もの強さである。 方角は、いて座の方向。 周波数は1420MHz付近。宇宙で最も豊富な元素である水素が放つ、特別な周波数である。もし異星の文明が呼びかけるならこの帯域を選ぶはずだ、と研究者たちが以前から予想していた、まさにその場所だった。 信号は72秒間続いた。 この数字にも意味がある。ビッグイヤーは首を振らない。地球の自転にまかせて空を舐めるように観測する望遠鏡だった。空の一点を視野に捉えていられる時間が、ちょうど72秒なのである。 つまり信号は、空の一点から発され続けていた可能性が高い。 イーマンは印字の並びを赤ペンで丸く囲み、余白に一言だけ書き込んだ。 Wow! 以来、世界中の望遠鏡が何度も同じ方角へ耳を澄ませてきた。あの信号は、二度と聞こえていない。 ビッグイヤー自身も、その後何度も同じ空域を通過した。何も無かった。1990年代には他の観測所も追試を行った。やはり何も無かった。 2020年には、アマチュア天文家が信号の方角にある太陽に似た恒星を特定し、そこが発信源ではないかと提案して話題になった。距離はおよそ1800光年。ただし、これも決め手にはなっていない。 説明の試みは絶えなかった。2016年には、通りかかった彗星の水素雲が原因だとする説が発表されたが、信号の特徴と合わないとして専門家から強い反論を受けた。地球からの電波の反射説、軍事衛星説も検証されたが、いずれも72秒間の強度変化をうまく説明できない。 近年、この謎に新しい角度から取り組んでいるのが、プエルトリコ大学アレシボ校の研究チームである。 きっかけは、2020年に崩壊してしまったアレシボ天文台の巨大望遠鏡が、崩壊前に残した膨大な観測データだった。2020年の2月から5月にかけての記録を調べたところ、水素線の近くに、幅10キロヘルツにも満たない狭い信号がいくつも見つかった。強さはWow!の百分の一ほど。しかも複数の方向から来ていた。 正体は、銀河系にある冷たい中性水素の小さな塊だった。 ここから、ひとつの仮説が生まれる。 宇宙には、マグネターと呼ばれる強烈な磁場を持つ天体がある。その表面で起きる爆発的な閃光が、たまたま向こう側にあった冷たい水素の雲を照らしたとしたら。刺激を受けた水素原子が一斉に同じ波長の電波を放つ——天然のメーザーである。雲は一瞬だけ猛烈に明るくなり、そして元に戻る。 それなら、二度と再現しないことも説明がつく。 2025年には、当時の較正記録を掘り起こした再解析も発表された。信号の強さは、これまで広く引用されてきた値の何倍も強かったこと、位置と周波数もわずかに修正されるべきことが示されている。 もっとも、研究チーム自身がこう言っている。この研究は事件を解決するものではない、と。 仮説はまだ確認されていない。マグネターの閃光が水素雲を光らせた例は、これまで一度も観測されていないからである。 研究チームは、この現象を捕まえるための市民参加型の観測網も立ち上げている。小型のアンテナと受信機、そしてパソコンを合わせて数百ドル程度。自宅の庭に据えて、水素線の周波数を見張り続ける。 一度きりの現象を捕まえる唯一の方法は、あらゆる場所で、あらゆる時間、見張り続けることである。 地球外文明からの呼びかけだったのか、それとも人類が初めて記録した未知の天文現象だったのか。 たった72秒の謎は、半世紀たった今も解けていない。
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