公開 2026年8月17日/更新 2026年8月18日
ナスカの地上絵
空からしか見えない巨大な絵を、誰が、何のために?
ペルー南部、太平洋に近い乾いた高原。 その大地に、巨大な絵が描かれている。 ハチドリ。サル。クモ。シャチ。木。手。そのほとんどは一筆書きのように一本の線で描かれ、大きなものは数百メートルに及ぶ。 描き方は、意外なほど単純だ。この一帯の地表は、酸化して黒ずんだ小石に覆われている。それを取り除くと、下から明るい色の砂が現れる。線を引くとは、石をどけることだった。 最大の謎は、その全体像が地上からはほとんど確認できないことである。近くに立っても、ただの浅い溝にしか見えない。絵として成立するのは、空から見たときだけだ。 描いたのは、紀元前後にこの地で栄えたナスカの人々である。飛行手段を持たなかったはずの彼らが、なぜ、誰に見せるために、これほど巨大で正確な図形を描いたのか。 そもそも、この絵が近代に「発見」されたのも空からだった。1920年代、この地域の上空を飛んだパイロットたちが、地表の奇妙な線に気づいたのが始まりである。それまで地元の人々は、ただの古い道だと思っていた。 以後、ひとりのドイツ出身の研究者が生涯をかけてこの台地の測量と保護に取り組み、線の上を歩く観光客から絵を守り続けた。ナスカの地上絵が今日まで残っているのは、乾いた気候だけの手柄ではない。 説は数多い。雨乞いの儀式で人々が線の上を練り歩いたのだ。星の動きを記録した巨大な暦なのだ。山の神や天空の神への捧げ物なのだ——。かつては「宇宙人のための滑走路」という説が世界的なベストセラーになり、いまでも根強く語られている。 乾燥した気候と、風がほとんど吹かない地形のおかげで、二千年前の線は今も消えずに残っている。 そして近年、この謎は新しい段階に入った。 2024年9月、山形大学のナスカ研究所とIBMの研究所が、共同研究の成果を発表した。航空写真をAIで解析し、わずか半年で303点もの新しい地上絵を発見したというのである。 事情を知ると、この数字の意味が分かる。ナスカ台地の広さは約400平方キロメートル。研究者たちが100年かけて見つけてきた具象的な地上絵は、430点ほどだった。それが半年で、ほぼ倍になったのだ。発見率は16倍に跳ね上がったという。 やり方も興味深い。AIに学習させた画像は、既知の地上絵わずか数百点だけ。この種の学習としては、極端に少ない。それでもAIは台地を格子状に区切り、絵がありそうな区画を1300以上も指し示した。そこから2か月をかけて、人間の考古学者が本物を選り分けた。 研究チームによれば、AIが示した候補の中には、写真を何度も見ていた研究者自身が見落としていたものが数多く含まれていたという。二千年の風雨で線は薄れ、現代の道や畑と重なり、人間の目には模様として認識されなくなっていた。機械は先入観を持たないぶん、薄い線を薄い線のまま拾い上げた。 新しく見つかった絵は、従来知られていたものとかなり性格が違った。全長は平均で9メートルほど。小さいのである。 この差から、絵の目的も見えてきた。 巨大な「線タイプ」の絵は、野生動物が多く、直線や台形が張りめぐらされたネットワークに沿って分布している。これは共同体全体の儀礼のために作られたものらしい。 一方、新発見の多くを占める「面タイプ」は、人や家畜、そして加工された首をモチーフにし、台地を縦断する曲がりくねった小道の脇に置かれていた。歩けば見える位置である。 研究チームはこれを「掲示板」のようなものだと表現した。小さな集団が、家畜や儀礼にまつわる情報を、道行く人と共有するために描いた——。 空からしか見えない絵と、歩けば見える絵。二千年前の大地には、二種類のメディアが並んで存在していたことになる。 新しく見つかった絵のモチーフには、生々しいものも含まれている。ラクダ科の家畜を引く人。二本足で立つ何か。そして、加工された人間の首。ナスカ文化では実際にそうした首が儀礼に用いられていたことが、遺跡の出土品から分かっている。 地上絵はしばしば、神秘的で穏やかなものとして紹介される。だが小道の脇に描かれていたのは、彼らの日々の営みと信仰、その両方だった。
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