公開 2026年8月17日/更新 2026年8月18日
八尺様
「ぽぽぽ…」と笑う、身の丈八尺の白い女。見られたら数日のうちに——
2008年8月26日の深夜。 ネット掲示板のオカルト板に、「死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?」という長寿スレッドがあった。通称、洒落怖。単に怖いだけの話ではなく、構成が緻密で、伏線があり、読み物として完結している長編が評価される場所である。 その196本目のスレッドに、一篇が投稿された。 語り手は、当時高校生だった少年。夏休みに祖父母の家へ帰省したときの話だという。 舞台の作りが丁寧である。夏の田舎。蝉の声。縁側。開け放した障子。少年は退屈していて、庭をぼんやり眺めている。ここまでは、日本の夏の記憶そのものだ。怪異を語る前に、読者を安心させておく——書き手はその手順を心得ていた。 縁側から庭を眺めていると、生け垣の向こうに人が立っていた。麦わら帽子をかぶった女である。 異様に背が高い。生け垣の高さから見て、二メートルをはるかに超えている。八尺——約240センチはあるだろうか。 そして女は、笑っていた。 ぽぽぽ、ぽぽぽぽ。 男とも女ともつかない、人の声のようで機械の音のような、奇妙な響きだった。 少年がそれを祖父に話すと、家の空気が一変する。 見られたか——。 祖父はすぐに電話をかけ、やがて近所の老婆がやって来た。そして説明される。あれは八尺様といって、この土地に古くからいるもの。地区の東西南北に置かれた地蔵によって封じられているが、その内側であれば人を取り殺すことができる。目を付けられた者は、数日のうちに連れて行かれる、と。 憑かれるのは若い人間で、男女は問わないとされた。理由は語られない。老婆は淡々と手順だけを伝える。この土地で昔から決まっているやり方だ、という口ぶりで。 説明されないことが、かえって信憑性を作る。本当に古くから続いているものなら、理由など誰も覚えていないはずだからだ。 その夜、少年は祖父母の家の二階にひとりで籠もることになった。 窓は新聞紙で目張りされている。部屋の四隅には塩が盛られ、お札が貼られている。護符を肌身離さず持ち、神仏に祈っていろと言われる。 朝の七時まで、どんな音がしても絶対に部屋から出るな。 深夜、窓の外から声が聞こえてくる。 ぽぽぽ。 そして、祖父の声。開けてくれ、と言っている。だが祖父は、絶対に呼びかけないと約束していた。 八尺様は、人の声色を真似る。戸を叩き、窓を叩き、名前を呼ぶ。 耐えている少年に、大人たちは何もしてやれない。部屋の外にいるのか、それとも家の中にすらいないのか、それすら分からない。時計だけが頼りである。朝七時。そこまで持てば助かる。あと何時間か、と数えながら、窓の外の音を聞いている。 怪談としてもっとも息苦しいのは、この待つ時間の描写だった。 少年は朝まで耐えた。 翌朝、彼は目を伏せたまま車の後部座席に乗せられ、周囲を大人たちに囲まれて、村の外へ運び出される。境界を越えるまでは、決して顔を上げてはならない——。 脱出には複数台の車が使われ、大人たちが少年を挟むように同乗した。地蔵の置かれた境界を越えるまで、誰も口を利かない。振り向いてはいけない、見てはいけない、名を呼ばれても答えてはいけない。 禁忌の並べ方が、そのまま古い民話と同じである。 この一篇は、ネット発の創作怪談として屈指の完成度と評される。八尺様は白いワンピース姿で語られることが多く、若い女の姿とも、老婆の姿とも、中年女性の姿とも言われる。帽子で顔が隠れているため、見た者によって印象が違う。 投稿から十数年を経て、この怪異は漫画にもゲームにもなり、日本を代表する現代妖怪のひとつになった。 面白いのは、キャラクターとして流通するにつれて、恐怖の質が変わっていったことだ。最初の投稿では、八尺様の姿はほとんど描写されない。生け垣の上に頭が見える。帽子で顔が隠れている。それだけである。 ところが絵になった途端、白いワンピースと帽子の長身の女という、はっきりした像が定着した。輪郭がつくと、怖さは減り、代わりに親しみが増す。現代の妖怪は、たいていこの道をたどる。
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