公開 2026年8月17日/更新 2026年8月18日
メリーさんの電話
「わたしメリーさん。いま、あなたの後ろにいるの」
引っ越しの日、少女は古くなった人形を捨てた。 長い金髪の、外国製の人形だった。名前はメリー。小さい頃はいつも一緒だったが、もう遊ばなくなって久しい。持っていく荷物には入らなかった。 新しい家での生活が始まって、しばらく経ったある日。 電話が鳴った。 当時の電話は、家に一台の据え置きだった。誰にかかってきたのか、出るまで分からない。廊下や居間の隅に置かれ、鳴れば家族の誰かが取りに行く。留守番電話も、着信表示も無い。 この「相手が分からないまま出るしかない」という条件が、電話怪談の土台になっている。 ——わたしメリーさん。いま、ゴミ捨て場にいるの。 子どもの声のようで、そうでないような。少女は無言で受話器を置いた。いたずらだ。 しばらくして、また鳴る。 ——わたしメリーさん。いま、○○商店の前にいるの。 知っている店の名前だった。前の家の近くにある店である。 電話は、その後も何度もかかってきた。そのたびに、告げられる場所が変わっていく。公園の前。駅前。少しずつ、確実に、こちらへ近づいてくる。 語り手によっては、もっと細かく刻まれる。角の郵便局。バス停。坂の下。あなたの家の前の道。玄関。階段の下——。刻めば刻むほど怖くなるので、語る子どもは競うように地名を足していった。地元の実在の店の名前を入れると、効き目は倍になる。 ——わたしメリーさん。いま、あなたの家の前にいるの。 少女は震えながら玄関へ行き、思い切って扉を開けた。 誰もいない。 道にも、門のそばにも、何もない。やっぱりいたずらだったのだ。ほっとして、受話器を戻した。 その瞬間、また電話が鳴った。 ——わたしメリーさん。……いま、あなたの後ろにいるの。 振り返った少女がどうなったのかを、この話は語らない。 捨てられた人形が、持ち主への愛憎を抱えて戻ってくる。物を粗末にした報いの物語でもあり、人形には魂が宿るという日本人の古い感覚に、深く根ざした一篇である。 この怪談には、実在の下敷きがあると指摘されている。 1968年、玩具メーカーが「リカちゃん電話」というサービスを始めた。専用の番号にかけると、人形のリカちゃんが応答してくれる自動音声サービスである。子どもたちに大人気だった。 そして1970年代、その周辺に妙な噂が生まれる。夜中にかけると変な声が応える。リカちゃんのほうから電話がかかってくる——。 やがて子どもたちの口伝えの中で、実在の商品名は「メリーさん」という架空の人形に置き換えられていった。発祥地は、東京都杉並区あたりではないかという説がある。ただし初出の年も場所も、確定していない。 置き換えが起きた理由も、なんとなく想像がつく。実在の人気商品を怪談の主役にするのは、さすがに具合が悪い。子どもたち自身がそこまで考えたかは分からないが、語り継がれる過程で角が取れ、名前だけが架空のものへ移っていった。 結果として、この怪異は特定の商品から切り離され、どの家の押し入れにもいる存在になった。 背景には、電話そのものの普及がある。この話が定着した頃、固定電話は各家庭に行き渡り、知らない相手から着信があることが日常になっていた。 家の中に、外の誰かが直接語りかけてくる装置がある。その不安を、この怪談は正確に突いている。 実際、同じ時代には電話をめぐる怪談が数多く生まれた。かけてはいけない番号。夜中に鳴る無言電話。受話器の向こうで数を数える声。どれも、電話という機械がまだ少しだけ不気味だった頃の産物である。 いまや電話は手の中にあり、誰からかかってきたかも一目で分かる。それでも見知らぬ番号からの着信に、私たちはやはり一瞬身構える。
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