公開 2026年8月17日/更新 2026年8月18日
スカイフィッシュ
高速で空を飛ぶ棒状の生物——正体は、まさかの。
1994年3月、アメリカ・ニューメキシコ州ロズウェル。 奇しくも、あの円盤の町である。 映像制作を仕事にしていたホセ・エスカミーラという人物が、UFOを撮ろうとビデオカメラを回していた。撮影自体は空振りだった。だが後日、映像をコマ送りで確認していたとき、彼はおかしなものに気づく。 画面を横切る、棒状の何か。 細長い胴体の側面に、波打つ膜のようなものが並んでいる。撮影中、肉眼ではまったく見えなかった。 カメラの故障だろうか。彼は2台のカメラを用意して、同じ場所で撮り直した。やはり写った。 1990年代半ばは、家庭用ビデオカメラが一気に普及した時代である。運動会も、旅行も、庭先も、誰もが撮るようになった。そして撮った映像を見返す人々が、世界中で同じものに気づき始めた。 コマ送りという機能も大きかった。当時のビデオデッキやカメラには、一コマずつ進める再生機能がついている。何気なく撮った映像を止めて、一コマずつ送っていく。人間の目では絶対に見られない時間の刻み方である。 そこには、日常が肉眼で見せてくれない姿が写っていた。 エスカミーラはこれを未知の飛行生物として発表する。名は、その形から「ロッズ」——棒。日本では雑誌『ムー』の書き手が「スカイフィッシュ」と名づけ、この呼び名が定着した。 報告は爆発的に増えた。 体長は数センチから2メートル。ものによっては20メートル以上。飛行速度は時速150キロとも300キロとも言われた。色は半透明、白、赤茶色。姿も棒状のものから紙飛行機のようなものまで、さまざま。 メキシコの巨大な縦穴「ゴロンドリナス洞窟」は、スカイフィッシュの巣窟とされた。日本でも、六甲山などが撮影スポットとして知られるようになる。 テレビは次々に特番を組み、捕獲プロジェクトまで立ち上がった。成功すれば数億円の価値がある、という触れ込みだった。 正体についても、壮大な説が並んだ。異次元から来た生物。プラズマ生命体。太古の生物が進化したもの。霊的な存在。 共通していたのは、どれも検証しようがないことである。検証できない説ほど、否定もされないので長生きする。 だが、すべての報告に共通する、決定的な特徴がひとつあった。 ——カメラにしか写らない。 理由は「速すぎて肉眼では追えないから」と説明された。時速150キロ。しかし、その程度の速さの物を人間が見られないはずがない。野球のピッチャーの投げる球は、それより速い。 検証は日本のテレビ番組が行った。2003年のことである。 ビデオカメラのシャッターが開いている時間は、数十分の一秒ほどある。その間にレンズの近くを横切った昆虫は、移動した軌跡ごと一本に伸びて写る。羽ばたきは、胴体の脇に並ぶ波打つ膜になる。モーションブラーと呼ばれる現象だ。 同じ場所を高速度カメラで撮り直すと、スカイフィッシュは写らなかった。 写ったのは、ただの虫だった。 2005年には中国のテレビ局が、撮影地点に網を張る実験を行っている。網にかかったのは、蛾だった。2008年にはアメリカの検証番組が同種の実験を行い、やはり同じ結論に達した。 複数の国で、独立に、同じ答えが出た。 世界を騒がせた新種の生物は、カメラが生んだ幻だったのである。 面白いのはその後だ。カメラの性能が上がり、シャッター速度が速くなるにつれて、スカイフィッシュの目撃報告は減っていった。 そして、いつのまにか姿を消した。 考えてみれば、これは非常に珍しい終わり方である。 ネッシーもツチノコも、否定されてもなお生き続けている。ところがスカイフィッシュだけは、静かに引退した。抗議する人も、擁護する本も、ほとんど残らなかった。 違いは、たぶん「見た人がいなかった」ことだ。ネッシーには目撃者がいる。ツチノコにも証言者がいる。スカイフィッシュには、映像しかなかった。 人が守ってくれない怪異は、消える。
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