不思議帖CATEGORY
長崎街道
長崎街道の長崎側最初の難所、日見峠のまわりに残る史跡を、運営者が自分の足で歩き、案内板と石碑を読んで書いたシリーズです。地名の由来、峠の茶屋、幕末の関番所、去来の句碑、腹切坂、明治の有料道路、歯痛観音、蛍茶屋。怪談ではなく、土地に刻まれた記憶の話です。
10話
- 日見峠 — 日を見る峠、火を見る峠峠の地名に残る二つの由来。八朔の日拝みと、天正六年の夜に山を埋めた深堀勢の火。案内板は決めない。
- 日見峠の茶屋 — シーボルトが見た四軒新茶屋跡の碑と石臼二つ。シーボルトが山頂で見た茶屋と、旅人が初めて財布を開いた場所。
- 日見峠関番所跡 — 長崎を閉じた四つの門幕末に幕府が置いた四つの関番所のひとつ。六年で閉じ、明治の切通しに敷地の半分を削られた跡。
- 芒塚句碑 — 去来の別れ、俳句が町の名になった日見峠の麓に立つ向井去来の句碑。見送りの人々へ詠んだ一句が、やがて「芒塚町」という町の名になった。
- 長崎・日見峠長崎街道最後の難所。奪われた路銀と、若者が遺した呪いの話。
- 渡鳥塚 — 師と弟子、二つの句を並べた碑蛍茶屋と日見峠のあいだの墓地に立つ句碑。芭蕉と去来、師弟の句を一つの石に並べた長崎で唯一の碑。
- 日見 腹切坂 — 負けた侍が腹を切った坂細川家の家臣が町人の棒術に敗れ、宿場を見下ろす坂で腹を切った。村人が葬り、坂に名が残った。
- 日見新道 — 峠を33メートル削った明治の道は「日本初の有料道路」だったのか明治15年開通の切通しと通行料の記録。案内板が語る「日本初」説と、県庁文書から見直す近年の研究の食い違い
- 歯痛観音 — 頬に手を当てた仏と、馬川の水頬に手を当てる半跏思惟の仏を「歯痛をこらえる姿」と見立てた峠道の信仰と、人馬が足を冷やした馬川の由来
- 一の瀬口 蛍茶屋跡 — 別れの杯と、名前だけが残った電停文化文政のころ一の瀬橋のたもとに開かれた見送りの茶屋。蛍の名所は消え、地名にもない名が電停にだけ残った